母校のニュース(2008年)
三間圀興教授 最終講義
レーザーエネルギー学研究センター教授・三間圀興先生は、平成3月31日をもって定年退職されることとなりました。ご退職にあたり、最終講義が平成21年2月20日(金)午後3時よりレーザーエネルギー学研究センター4階大ホールにて行われました。当日は、当センター、工学研究科など学内の職員、学生は勿論、学外の多くのゆかりのある方々が聴講に来られました。萩行政憲副センター長の司会のもと、講義に先立ち、疇地宏副センター長による紹介、河崎善一郎先生(工学研究科電気電子情報工学専攻長)からご挨拶を賜りました。
「抽象と写実の科学」と題された講義では、抽象的な「能、文楽」と写実的な「歌舞伎」の間に生きた近松門左衛門の虚実皮膜をご自身の研究人生に重ね合わせて語られました。特に抽象的に分類される基礎プラズマ研究では、大阪大学着任前後に、山中千代衛先生、山中龍彦先生、ならびに西川恭治先生のご指導のもとレーザー異常吸収に関する研究をされたこと(1975年)、ベルテレホン研究所では長谷川晃先生と磁場核融合の自己組織化による異常輸送現象に結びつくプラズマ磁気乱流輸送理論Hasegawa-Mima方程式を導出されたこと(1978年)、さらに波と粒子の相互作用であるレーザー粒子加速、自由電子レーザーなど、長年語り継がれている著名な研究業績の誕生の経緯について述べられました。
これらの研究の写実として核融合研究があり、プラズマ研究だけでなく激光XII号レーザーの建設では、設備を担当して接地抵抗計算を手掛けたことまでご披露されました。中性子発生数、高密度圧縮の世界記録では理論面で全力を尽くされ、その後の高速点火核融合でも核心部分の相対論レーザープラズマ相互作用をはじめ高速点火統合コード構築にご尽力され、特に、理論研究面だけでなく、高速点火プロジェクトのリーダーであるセンター長としての責務を負いながら陣頭指揮をされてきたことは抽象と写実の世界を知り尽くした先生だからこそ成し遂げられたことではないでしょうか。
海外との結び付きも強く、1973年に参加された「国際プラズマ夏の学校」以降、世界各地の研究者との交流風景として、昔懐かしい、また、先生の人柄の良さが十分伝わる数々の写真をご紹介されました。理論グループ恒例の登山活動風景写真だけでなく、海外出張時の景色、講演風景など先生がお描きになった写実画(?)なども初めて公開され、先生の隠された才能を窺い知ることができました。
講義終了後、先生の御指導・御活躍に感謝の意を込め西村秘書から花束が贈呈され、会場からの大きな拍手の中、先生はご退席されました。その後開催された懇親会では、多くの方々に囲まれ、賑やかなご歓談が続きました。
(長友 英夫(レーザーエネルギー学研究センター)記)
会報澪電No.30より
まいど衛星宇宙へ
去る1月23日午後12時54分、種子島宇宙センターから地球観測衛星いぶき(GOSAT)の相乗り衛星の一つとして、まいど衛星が宇宙へ旅立ちました。まいど衛星は、東大阪の中小企業の社長さん達が、旗振り役を演じて実現した衛星としての知名度は高いのですが、衛星の利用目的である雷放電観測を担当しているのが、澪電会のメンバーでもある電気電子情報工学専攻情報通信部門環境電磁工学領域の担当であることは、あまり知られていないようです。実は、環境電磁工学領域は、このプロジェクトのNEDOへの予算申請時から、ミッション担当として参画しております。そしてまいど衛星が打ち上がった現在、宇宙空間でのVHF波帯広帯域干渉計を実現するための基礎実験、即ち衛星を利用しての基礎データの取得や、設計製作した増幅器やA/D変換器等の、宇宙空間における動作確認を行っております。まいど衛星のこれまでは、ともすれば人気先行、話題先行でありましたが、漸く地道なそして堅実な研究が出来るようになったと、環境電磁工学領域の構成員は喜んでおります。ともかくも、660km上空の宇宙空間で、自らが設計・製作した電子機器類が機嫌よく働いてくれていること、そしてデータを送り届けてくれていることを考えると、ミーハー的ですが嬉しさを禁じえない事は事実です。今回の成功を足掛かりとして、念願の宇宙空間でのVHF波帯広帯域干渉計実現を目指したいと星空を眺める毎日です。ちなみに、干渉計としては2012年に国際宇宙ステーション実験棟「きぼう」に装着予定で、牛尾准教授、森本講師が奮闘中であることを書き添えておきます。最後に、まいど衛星の外観と、俗に「雷センサー」と呼ばれている電子機器類を格納してあるボックスを示して、まいど衛星打ち上げ成功の一報と致します。

VHF広帯域波形測定器“雷センサー” まいど1号 (いずれも実物)
((河崎善一郎(通信・昭48・M50・D53)記)
会報澪電No.30より
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